「台所のおと」 幸田文

 「きもの」がきっかけで、幸田文の本をもう二冊読みました。

台所のおと (講談社文庫)
台所のおと (講談社文庫)
(1995/08/02)
幸田 文


 一冊目は「台所のおと」。短編集です。

 改めて、幸田文って好きだな、と思いました。情景は一昔前の、ありふれた情景なのです。今だって、少し形を変えて残っている場面。決して奇想天外ではない。主人公が考えることも、普通の女が誰しも考えることで、決して奇異ではない。

 「あるある大事典」の面白さだと思います。幸田文の小説の醍醐味というのは。

 ありふれた日常の中の突然の波紋。多かれ少なかれ、似たような状況を自分も経験しているからこそわかる、主人公の心の彷徨い。ちょっとした違和感や罪悪感など。なんとなく感じつつも、はっきりとは自覚しないできた感情をズバリと言葉にされる爽快感だと思うのです。

 この短編集には病気の話が多い。でもテーマは病気そのものではなく、病気によって起こる波紋です。誰かの病気をきっかけに、それまで目に見えなかったものが露わになる。葬式の話も多い。これも同様。

 今も昔も変わらない親子関係、夫婦関係。今は、昔ほど濃厚ではない親戚付き合いも、最近葬式や法事続きの自分の経験とダブって見えました。

 50歳になった今がちょうど読み頃。人生経験の少ない若い頃だったら、分からなかったかもしれない、と思うのです。少し前のわたしだったら、そこに「クラシカルな雰囲気」を感じて終わりにしていたのでは、と思う。現代との違いを感じて終わっていたと思うのです。

 でも今は、そこにむしろ、現代との共通点を感じる。自分のルーツを感じるのです。幸田文の小説の延長上に、自分の今が乗っている気がする。





 スペイン語のレッスンがきっかけで着始めた着物。着物がきっかけで読んだ幸田文。いままで「スペイン語→着物」という図式ばかりが頭の中にありましたが、最近は、「着物の先」が気になります。

 きものをきっかけに、今まで無関心だったことに対する興味が頭をもたげ、でもその芽は、着物にハマる前から周到に用意されていたような気がする。

 着物にハマったのはスペイン語だけが原因でなく、娘の成人式や、お茶を習っている友達の影響があったように、着物の先にあるものも、きものだけが原因ではなく、たとえば和食器が好きなことや、最近、小説を読むようになったこと、その他もろもろが複雑に絡み合い、密かにじっと、芽吹きを待っていたようにも思えるのです。

 いわばきものは、過去と未来をつなぐ鎖の一部。過去の諸々を束ね、未来へとつなげるリングの輪っか。



 そう考えると、きものにハマったのも偶然ではない気が??

 絡み絡んで、なにやら因縁めいたものを感じます。


関連記事
スポンサーサイト

テーマ : きもの キモノ 着物
ジャンル : 趣味・実用

プロフィール

うさぎ

Author:うさぎ
50歳にして着物を着始めた、最初の一年間の日記です。 

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ