「きもの帖」 幸田文

 幸田文の著作で読んだ3冊目は、「きもの帖」です。

幸田文 きもの帖
幸田文 きもの帖
(2009/04/07)
幸田 文


 短編小説も入ってはいますが、基本的にはエッセイ集です。著作の中からきものにまつわるものだけを選び出して纏めたもので、幸田文○○帖シリーズの一冊です。

 幸田文は相当なオシャレだったようで、装うことへの気合には正直、たじたじとならずにはいられません。

 着物は、自分の肌を覆えばいいというだけでなく、人の目に不快感を与えないのが、ことに女の場合は、責任といってもいいのである。

(「秋のおぼえ書」より)


というのだから、手厳しい。その「不快感を与えない」という要求水準も、「清潔でありさえすれば」なんてところをはるかに超えたところにあるのだから嫌になってしまう。まさか脱ぎ散らした着物を畳みもせず、その本を読みふけっている女がここにいることを知ったら、一体どう思われることでありましょうか。


 小説の主人公に寄せたような共感は、ここでは感じず、ただただ「へへー、ゴメンなさい、わたしが悪うございました」とひれ伏すのみ。それでも夕食後、後片付けもせず、読みさしの本をまた開いてしまったのは理由があって、ちょうど「きもの春夏秋冬」という章の、冬から始まり、春から夏に差し掛かったところからだったからです。

 ようやく冬の寒さから開放されて、やっと春になったばかりだというのに、文の描く夏の風情が懐かしく、きもので迎えるまだ見ぬ夏が待ちきれなかった。



 たとえば夏に着る薄物のきものについて、著者はこう書いています。

 天二物を与えずというが、折角こんな涼しい織物があるのに、残念ながらこれには下着が是非必要である。透くからである。ほんとにこれはへんなことである。暑いから涼しいようにと、透く布をつくったのだろうに、透くから下着に透かないものを着なくてはならないし、透かない下着なんか重ねれば、折角の涼しいものも暑苦しくなる。でも又、暑苦しく下着を重ねるからその下着のおかげで、うすものはいよいよ美しく涼しげで、着る人をひきたてているのだ。頭のわるいものには簡単な理屈なのか複雑なのか、ちょっとわからない廻りくどさだが、とにかく透く和服は、一種の妖しい美しさを持っている。

(「薄物とゆかた」より)


 その矛盾にはわたしも薄々気付いていて、だからそんな厄介なもののは係わり合いにならず、夏は木綿の浴衣を着て過ごそうと決めたところだったのに、そのわたしをして「その廻りくどく妖しい矛盾をぜひ自分も体験したいものだ」と逡巡させてしまったのだから、罪作りもいいところです。



 ・・・そんなわけで、わたしにとっては耳の痛いこの本も、「やっぱり幸田文は好きだー」の根拠となるのでありました。



 
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Author:うさぎ
50歳にして着物を着始めた、最初の一年間の日記です。 

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