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「きものの花咲くころ」 田中敦子

 図書館で借りた本です。(絶版)

きものの花咲くころ
きものの花咲くころ

(2006/09/13)
田中 敦子


 延長をかけて4週間借り、一度一通り読みましたが、改めてじっくり読みたい。本当は買って手元に置きたいのですが、絶版本でちょっと高いので、現在思案中^^。


 雑誌「主婦の友」に掲載された、きものに関する90年分の記事を編集しなおしたものです。各時代の世相や、着物に対する考え方が記事から透けて見え、大変面白い。

 膨大な資料を纏め上げた本で、ウンチク本としても優秀だし、美人年鑑、或いはファッション史としても存分に楽しめますが、わたしにとってこの本の最大の価値は、ルールから解き放ってくれたことです。

 着物の細かいルールを云々する人は多いですが、この本を読むと、ほとんどのルールはただの流行にすぎず、直近のたった90年の間にも、考え方がコロコロ変わってきたことが分かる。

 自説の権威付けに歴史的根拠を求める人や本も多いですが、そもそも時代によってことほど左様に事情が異なるのだから、どんな説であれ、自説に都合のいい時代の話を持ち出せば、正統派を気取るなんて、カーンタン! まさに、からくり見たり、です^^。



 たとえば玄関先での履物の脱ぎ方一つにしても、

今は横向きに脱いで、上がってから直すが、ここでは後ろ向きに足をそろえ、右から静かに上がる、とある。(p.144)

とあり、時代によっては真逆であったことが分かります。


 また、「柄半襟や柄足袋は邪道」と思っている人も多いようだけれど、それは戦後の風潮に過ぎず、半襟に関して、

戦前は、刺しゅうや友禅、しぼり、また無地でも色つきを好んでいた。白は礼装のときくらいだろうか。

(中略)

これに合わせて、足袋も「きっちり、まっ白」が(戦後の)主流になる。というよりも、もはやふだんにきものを着ないことが前提になったために、ほかの選択肢がなくなったのだ。(p.118)

とあり、むしろ普段には柄物の半襟や足袋が普通であったことが、伺えます。

 様々な着付け便利器具を使った着付けを、最近の滑稽な風潮と決め付ける人もいるけれど、実際は

着付け便利グッズは大正時代からあった!(p.128)

のだそう。


茶道にたずさわる人や梨園(※ 歌舞伎の世界)の女性たちが、紙上できもののアドバイスをするようになると、上品かつ控えめで好印象な装いを提唱、そのあたりも近年の装いルールを決定づけたように感じる。(p.118)

 なるほど確かに。「着物全体のルールのように言われているけれど、それって単に、茶道だけの着物ルールでは?」と思えることも多い。上記の柄足袋然り、柄半襟然り。

 現在着物を着る習慣を持ち続けている人の最大派閥はなんたって茶道関係だから、発言権が強く、茶道の着物ルールが着物全体のルールにまで格上げされがちなのかもしれません。




 いまや着る人の少ない着物の世界では、一時的な流行にすぎない、或いは一部の人のローカルルールに過ぎないことが、簡単に全体のルールとしてまかり通ってしまいがちです。特に今は、身近に着物を着る人がおらず、ネットが大きな情報源になっているから、新ルールが広まるのも早い。

 しかもこの世界、自分の知るやり方だけが唯一正しいと思っている人が多い。だからややこしい。




 でも本当は、人により、時代により、着物文化は、いろんな発想を受け入れ、様々な着方を許してきた。答えは決して一つなんかじゃない。それは歴史が証明している。この本を読んで、そう思いました。



 時代の変遷から、自分なりの答えの出し方がなんとなく見えてくる、そんな本でした。


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Author:うさぎ
50歳にして着物を着始めた、最初の一年間の日記です。 

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