着物ルールと支出の関係

 最近とみに「着物ルール」とやらに嫌気が差しています。「ルール」「常識」「普通」・・・呼び名はどうでもいい。結局は同じこと。要は、「これはダメ」「あれはダメ」というダメ出しです。

 この季節にこの素材はヘンだの、この場にこれは相応しくないだの。

 そりゃある程度の傾向というのはあると思いますし、基本的な季節や場のTPOに従うことに依存はありません。ルールに反旗を翻してまで主張したいような個性があるわけじゃなし、本当にそういうルールがあるなら、なんぼでもそれに従います。

 嫌なのは、ルールがあることではなく、「ルール」或いは「常識」と称して押し付けられる、個人的な好みやら偏見やら、時には勘違いやら妬みまでもが入り混じった物言いに翻弄されることです。本来はルールでも何でもないことを、ルールであるかのように押し付けられ、素直に聞いてると、どんどん選択肢が狭くなることです。

 そもそも「こういうのがいい」とわかっていたって、持ち合わせがなければしかたがない。限られた手持ちのものを組み合わせ、「ベスト」とはいえないまでも、なんとか「次善の策」くらいに持っていこうと頑張っているのに、それをやれ「ルール違反」だの「ダサい」だの言われたんじゃ、やってられない。

 わたし自身にはそれほど悲惨な経験があるわけじゃありませんが、着物ブログや知恵袋などで誰かが言ったり言われたりしているところをときどき目撃してしまう。すると、わがことのように腹が立ち、悲しくなります。

 もしかしたらそれはわたしだけじゃないかもしれない。こういう状況に、みんなフツフツと心の底で静かに憤り、静かに着物の世界に幻滅していくのかも。誰も何も言わないけれど。だからこんなに着物は廃れてしまったのでしょう。

 やっぱり着物は一部の大金持ちのためだけのもの。季節ごとに、誰も文句の言いようがないくらいの王道コーディネートを揃えるだけの資金がなかったら、着物って着ちゃいけないものなのね、と理解し、ハイ、さようなら。





 今、流行にこだわりさえしなければ、中古の着物がとても安く買えます。帯は500円、着物は1000円あれば、シミ一つない絹モノがネットオークションで買える。元は10万円以上した着物だって、ただ誰かのタンスに数十年眠っていたというだけで、1000円で買えるんです。

 でもそれは、身丈や裄丈などが、昔の人に合わせて短めのものの場合。「丈がツンツルテン」という指摘を恐れて今どきの寸法にこだわると、ネットオークションでも5000円はないと厳しい。

 また「ダサい」と言われるのを恐れて今風の色柄こだわると中古は買えず、風合いにこだわると現物を見られないネットでは買えず、呉服屋の店頭で新品を買うとなると、ポリエステルでも2万くらいします。

 更に、「ポリエステルなんて」「ミシン縫いなんて」という人の価値観に合わせると、新品の絹モノを誂えなくてはならず、するとアッという間に、10万円の世界に逆戻り。


 つまり、人の価値観に合わせればあわせるほど、出費はかさむわけです。しかもケタ違いに。

 だからわたしは、何が従うべきことで、何がそうではないか、何が「ルール」で、何が「単なる個人のご意見・好み」かの切り分けにこだわるのです。だって支出に直結するんだもの。



 でもそこをキチンと切り分けて教えてくれる人や本は、なかなか見つからないのが現状です。

 ・・・というかむしろ最近は、なるべく細かく複雑なルールをでっちあげ、なるべくたくさんの着物を買わせようとしている人が多いように思えてなりません。

 裄がどうの、丈がどうの、という裏には、中古ではなく、新品を買わせようという意図が見え隠れする。

 ポリエステルやミシン縫いを非難する背後には、より高価なものを売りつけようとする作為を感じる。





 でもねえ、お小遣い程度の金額で買えるからこそ、わたしは着物を着るんであって、生活に支障をきたすような金額なら着ません。きれいサッパリ、着物を着ることは諦めます。

 呉服屋の店頭で小物を探していると、よく分割払いで訪問着を誂えることを薦められますが、月賦で着物? 借金までして着物? ・・・ありえない。

 庶民は庶民なりに、健やかな経済状況で暮らしたい。たかが衣類ごときに健全な家計を脅かされるのは、まっぴらゴメンです。


 
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Author:うさぎ
50歳にして着物を着始めた、最初の一年間の日記です。 

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