大義名分

 着物を着る大義名分が欲しくて、お茶やお琴など和風な習い事をはじめようか、と思ったことが、なんどもあります。それ自体には興味もないのに。

 着物を着る場が欲しくて、能や歌舞伎を見に行こうと思ったこともあります。



 どちらも「どうしても着物を着なくてはならないのっぴきならぬ理由」が欲しくて考えたことです。

 「そういうわけで、おじいさま、私たちは着物を着なければならなくなってしまったのです」という状況が欲しかった。

 テレビでこの富豪刑事のセリフを聞くと必ず「・・・てゆか、オマエが提案したんだろうが!!」とツッコむわたしですが、わたしの場合もまさしくその通り、「ならなくなってしまった」もなにも、実際は「みずから仕組んだ」以外の何物でもないわけです。

 でもそういう状況を作ってしまえば、世間に対し、着物を着る言い訳がたつような気がしていたんですねえ。



 何かをきっかけに新しいことを始める、それ自体は決して悪いことではないでしょう。着物が着たくて始めた習い事がその後のライフワークに繋がることだってあるし。観劇だってそう。歌舞伎や能を、これをチャンスに一度、見ておこう、と考えるのも悪くない。


 ただ問題は、そういう大義名分がなければ着物を着られない気がしていた、ってことです。

 というか、そういう大義名分さえあれば、堂々と着物が着られる気がしていた、ということ。

 立派な理由さえあれば世間からお墨付きが貰え、大手を振って闊歩できるような気がしていたのですから、鼻持ちならない女でした。




 とはいうものの、仕方がない部分もあります。そこまで追い詰められていたんです。

 着物を着ていると、お店の人などに必ず聞かれるのが、「おや、お着物ですね。お稽古のお帰りですか?」です。



 「お稽古のお帰りですか?」 この問いに、

 「いえいえ、そういうわけでは」 そう答えるときの気まずさと言ったらありません。

 そう答えようものなら先方は「ヤバイ、まずいこと訊いちゃったかな」と動揺し、「でも、じゃなんでこの人、着物着てるんだ? なんで? なんで? なんで?」という怪訝そうな顔つきが隠せなくなるからです。どうも世間は、「着物を着るからには、何かよほど、どうしても着なければならない差し迫った事情があるのだろう」と思うようです。



 だったら明るく素直に答えてみようと、

 「お稽古のお帰りですか?

 「いいえー、そんなんじゃないんです。ただ好きで着ているだけなんです」と答えることもあります。

 これも先方は動揺し、「へえー、好きで・・・?? へえー・・・」といいつつ、目をそらす。「好きで着てる? それはつまりどういうことだ? 目立ちたいのか?」と思ってそ~な気配。これはこれでお互い気まずい。



 「お稽古のお帰りですか?

 「いえ違います。ちょっとさくらんぼ狩り

 こういう答え方は余計先方を混乱させるだけ。「さくらんぼ狩りに着物? なんで? なんで? なんで?」とハテナでいっぱいになりつつ、理由は訊くに訊けない。・・・というか、訊いてもらっても、こっちも困る(笑)。


 たぶん日本人て、定形以外の会話に弱いんです。相手の出方に応じた反応を、1~2種類しか用意していない。アドリブも苦手。だから想定外の返答をされると、一体どういうリアクションをとればいいのか、分からなくなってしまうのでしょう。



 最近ではもう面倒くさくなって、

 「お稽古のお帰りですか?

 「ええ、そうなんです」とウソをついてしまおうかと思ったり。



 でも実際はそこまでの度胸はないので、

 「お稽古のお帰りですか?

 「ウフフ・・・そうねえ~、どうかしら~?」と無駄に謎めいてみたり。



 「お稽古のお帰りですか?

 「いえ、ちょっとそこまで

 「あー、ちょっとそこまで、ですか

 「ええ、ちょっとそこまで、です」 それ以上詳しく聞くなと、目でけん制してみたり。



 ・・・あー、めんどくさっっ!! なんでこんなことに頭を悩ませなくてはならないのッ!!

 だからいっそのこと、お稽古ごとを本当に始め、ウソから出たマコトにしてしまおうと思ったりしたわけです。



 そんなわたしのサンクチュアリは鎌倉で、ここはさすがに古都観光地、「お稽古のお帰りですか?」などとは決して訊かれない。着物姿でも驚かれない。鎌倉だから着物着てきたのね、と納得してもらえる。「鎌倉だから」、それが着物を着る正当な理由になるんです。



 これは本当~~に気楽。鎌倉から帰ってきたときも、

 「お稽古のお帰りですか?

 「いえ、鎌倉へ行ってきたんです」って答えられるしね^^。

 先方も、「え、鎌倉って着物で行くようなとこだっけ?」という一抹の疑念を抱きつつ、一応「あー、鎌倉ですか~、いいですねー」というリアクションが返せ、安堵する。




 この「お稽古のお帰りですか?」に対し、抜本的な対策はいまだ立っていません。でも自分の行動範囲内では、この質問も一巡し、あまり訊かれなくなりました。いつも立ち寄る店では、「この人は理由なく着物を着る人」という認識がおおよそ周知徹底した、ってところでしょうか。


 ほんのちょこっと人と違ったことをするというのは、ことほど左様に大変。人と違うといったって、裸で歩いているわけでも、着ぐるみや宇宙服を着ているわけでもないのですが。



 でも、いくら大変でも、大義名分を掲げるのは、もういいや、と思います。

 箔付けしたって、本当の自分は変わらない。

 「なんだかよくワカランけど、理由なく着物を着る人」、所詮それが、わたしの真の姿だからです。


 

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Author:うさぎ
50歳にして着物を着始めた、最初の一年間の日記です。 

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