まだ違和感を感じるうちに

 先日、久々に着物で外出し、分かったことがいろいろありました。

 いつもながら、やはり外出すると、いろんなことが分かりますね。同じ着物を着るんでも、家で一人で着るのと、外に出かけるのとは、まったく違う経験だと感じます。

 なんていうかな、外に出ると、自分と社会との関係を考えざるをえない。

 家で一人で勝手に着る分には、好きなものを好きなように着てても、何の問題もない。だから鈍感でいられます。似合っていようが似合ってなかろうが別になんとも思わないし、ヘタクソな着付けにもそれほど痛みを感じない。室内は適温に保ちやすいから、着物による暑さ寒さの調整も必要がない。

 でも外出して人の目にさらされるとなると、この着物は年齢相応だろうか、とか、TPOに合っているかどうかなど、外から自分がどう見えるかが気になる。

 着付けもそう。すれ違うほかの人の着物姿と自分とを見比べ、何かを学んだり、劣等感を感じたり。

 また外気にさらされるとなると、暑さ・寒さは着物で調節しなくてはならない。その結果、こういう着物は暑かった、寒かった、など、様々な情報を持ち帰ることになる。



 昨日もそうで、特に昨日は娘と二人で出かけたからか、いつもの倍、分かったような気がします。

 そのうちの一つは、季節のTPOというのは、自己満足にすぎないのでは、ということ。

 季節TPOを気にしなければならない根拠として、たとえば「夏は、人に涼感を与えるような装いを」などと、着物の本にはよく書いてありますが、わたしがこれまでの8ヶ月、いろんな人に「一年間着物を着ようと思っているんだ」と話すと、ほぼ必ず言われたのが、「でもまさか夏は着ないでしょ? 夏に着物なんて暑苦しい」でした。

 たぶん、多くの日本人は、「夏に着物なんて暑苦しい」と感じるんです。それが絽だろうが紗だろうが、関係ない。「着物は暑い」、それが通念となっているから、実際がどうであろうとも、先入観で暑苦しいと感じるのかもしれない。

 だから、人に涼感を与えるような装いをしようと思ったら、そもそも着物自体がNG。全身を夏着物アイテムで覆い、自分は涼感の女神になったつもりでも、周囲から見れば、夏に着物というだけで暑苦しい。ただ本人の目の前でわざわざ口に出して言わないだけで。

 聞くのは「紗の着物に絽綴れですね。涼しげで、素敵!」という賞賛の言葉ばかり。でもそうした褒め言葉は「わたしも、着物・帯の種類が分かるのよ」という褒める側の自己主張にすぎない。





 昨日は暑くて、季節のTPO通りの装いをしていったわたしは、汗だくになりました。

 ・・・まあ、半袖のポロシャツを着ていた夫も汗をかいていましたから、何を着ていても暑かったのだろうとは思いますが、どうしてわたしはこんなものを着てるんだろう?と思いました。

 何を着ても、どのみち自己満足に過ぎないのならば、いっそのこと自分本位に、自分が涼しい着物、自分が快適に感じるものを着ればいいのにね。

 昨日みたいな日、もし浴衣だったら、少しは快適だったかも、と思います。でもさすがに、彼岸花が咲いている時期に浴衣は着られない。たとえそれが一番快適だったとしても、季節TPOから外れるから。それに浴衣は、すごく砕けた装いと見る人もいるから。

 でもたぶん、着物好きから見たらTPOから外れる装いも、着物に関心のない人から見たら、まだしも涼しげで快適そうに見えるんじゃないかと思います。




 着物の世界の内と外で、天と地ほども異なるTPO感覚。わたしはまだ着物を着始めたばかりで、ほんの1年前は、まだ着物に何の関心もなかったから、どっちの感覚も分かる。どれほどのギャップがあるかも、初心者だからこそ、分かるんです。

 たとえば留袖を着た人が、街を帯つきで歩いていたら、きっと着物通は、違和感を感じるでしょう。でも大多数の日本人は、どんな着物であれ、街を着物姿が歩いていたら、それと同じ違和感を持つんです。着物姿である、というだけで、何かよほどの特殊な事情、もしくは特殊な主張があるに違いない、と感じる。それはなぜかというと、着物というだけで、現代のTPOに、そもそも外れているからです。




 着物を着るなんていう、一般的なTPOに大きく外れる大罪を犯しておきながら、なぜわたしは、着物倶楽部の細則たるTPOに汲々とするのでしょうか。そんな自分が、滑稽に思えてならない。

 ・・・いやそれとも、大多数の世間の中では邪道だからこそ、邪道の中では多数派でありたいのか。

 まあそれも無理からぬことでもあるのですが。小集団というのは、異端的であればあるほど、集団の中の異端分子に手厳しいから。それは着物の世界に限らず、いつの世にも、世界のどこでも、ほぼ例外がない。迫害される異端者グループは、自分が受けた迫害の手法を、そっくりそのまま、グループ内の異端者に適用するのです。

 「なあに、あの人、このクソ暑いのに着物なんか着ちゃって」と言われた人は、そうした偏狭を反面教師にせず、そっくりそのままその不寛容を真似て、「なあに、あの人、9月の終わりに浴衣なんか着ちゃって」と人を指さす。

 そういう迫害にさらされたくなくて、形ばかりのTPOに従うわたしも同じ。こうして徐々に、着物の小世界に毒され、違和感すら感じなくなってゆく。それは結果として、着物TPOの片棒を担ぐのと同じこと。



 だから、まだ違和感を感じるうちに、ここにこうして書いておきます。



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Author:うさぎ
50歳にして着物を着始めた、最初の一年間の日記です。 

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