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「着物あとさき」 青木玉

 図書館で借りて約ひと月。延長返却期限も近づいた今日、やっとこの本を読み終えました。

着物あとさき
着物あとさき (2006/05/19)青木 玉

 こんなに時間がかかったのは、最初のうちは正直、あまり面白いと思えなかったからです。

 青木玉は、幸田露伴幸田文青木玉青木奈緒と続く、4代にわたる文筆家一家の3代目。このエッセイには祖父の露伴、母の文の思い出話がちょくちょく出てきます。露伴や文のファンであれば大いに楽しめるのでしょうが、いずれも読んだことのないわたしには、魅力に感じられませんでした。



 でもほとんど読み終える頃になって、気付きました。

 著者の青木玉は1929年(昭和4年)生まれ。昭和7年生まれのわたしの母とは、ほぼ同世代です。

 また著者の母、幸田文は1904年(明治37年)生まれ。明治38年生まれのわたしの祖母と同世代。

 そして著者の娘、青木奈緒は1963年(昭和38年)生まれ。わたしと同い年なのです。


 それに気付いたら、この本は急に面白くなりました。つまりこれは、母の目から見た「きもの」の姿なのだ。実は著者は、きものを着なくなった最初の世代なのです。



 先日、当年80歳の母に聞いたところ、子供の頃から今まで、きものを日常的に着ていた時期は、人生の中で一度もないそうです。たしかに、先日伯父の葬式で見た戦前のスナップ写真でも、小学生の母はセーラー服を着ていました。

 また母は「着付け教室」に通ったことがあります。つまりきものの着方を、知識として頭から入れた。

 ちょっと前まで「おばあちゃん」というのは、日常的に着物を着ている人のイメージだった。でも今の80歳というのはもう、着付け教室世代なのです。



 この本の著者も、そういう世代の人。それに気付いたら、この本の内容がすとんと腑に落ちました。

 「こんなきものが箪笥から出てきた」というような記述が、この本にはよく出てきます。・・・ということは、つまり、そのきものはそれまで箪笥にしまいっぱなしになっていたわけです。

 日本全国津々浦々、着ない着物が詰まった「開かずのたんす」は、どこの家にもよくあること。でも最初は、「きもの」の著者として名高い幸田文の娘であるということと、表紙のきもの姿に騙されて、著者を「特別きものに造詣深い人」として読んでしまっていたから、どうしてそんな箪笥があるのか、そもそもそこが理解できませんでした。

 著者は母と同世代と気付いたことで、やっと分かった。むしろ幸田文の娘であるからこそ、著者はおいそれと着物を着ることができなかったのかもしれない、と。

 そしてそれはそのまま、戦後の日本人がたどってきた道。日本人であるからこそ、おいそれと着物が着られない。



 この本には、著者が母親のきものを箪笥から取り出し業者に頼んでメンテナンスや作り変えをしてゆく様子が描かれています。つまり「きものの再生」が描かれている。

 でもそれは同時に、「きものが死にゆく姿」に思えてならない。

 瀕死の白鳥の、最後の力のひと絞り。そんな印象を受ける本でした。



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Author:うさぎ
50歳にして着物を着始めた、最初の一年間の日記です。 

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