ズレ

 3月に予定している家族写真撮影時の着付けの打ち合わせに、着付け師さんのところに行ってきました。わたしがきものを着るきっかけの一つを作ってくれた方なので、「おかげさまで毎日着ています」というところを見せたくて、着物で行きました。

 でも、当日の下準備のため、長襦袢を見せたら、半襟つけや衣紋ぬきのつけ方、すべてがなってなかったみたいで、あきれられてしまい、「きものは衿が一番大事。今着てるみたいなグズグズな着方は、昔のどうでもいいような、普段も普段、ほんっとの普段でしかない着方」といわれてしまいました。

 そんなこと、百も承知。「ええ分かってます。だからこうして写真撮影の着付けのお願いに上がってるんです」と応えました。すると「あら、そうよね」と急に先方の態度は優しくなりましたが、とても傷つきました。

 でもヘタで当たり前の初心者に、感想を求められてもいないのにわざわざそんな指摘をするのは、「ヘタだから」だけじゃないと思うのです。そもそも着物で来たことが気に触ったのだろうと思いました。「プロのところにわざわざ着物で来るとは、ずいぶんと自信があるのね」、そう思われたのだと思います。



 それは、いつも感じている世間と自分とのズレと本質的に同じものです。

 きものを着ていると、「自信があるのね」と思われていると思う。着物で出かけると、男性はとても親切。全く知らない人が、ニコニコして親しげに話しかけてくれることもよくあります。でも女性の中には、露骨に嫌悪感をあらわにする人がいます。

 「よっぽど容姿に自信があるのね」

 「よっぽど着付けに自信があるのね」

 「よっぽど高価なきものがご自慢なのね」

 そう思われているんだと思う。「わざわざ着物を着るからには、何か誇示したいものがあるのだろう」と思われ、反感を買うのだと思います。



 でも実際のわたしは、容姿に自信があるわけでも、着付けに自信があるわけでも、特別裕福なわけでもない。若くもない、美人でもない、似合うわけでもない。器用なわけでも、ファッションセンスがいいわけでもなく、やっと覚えた自己流の着方で、数千円の中古のキモノを、ものすごい勇気を振り絞って着ているんです。

 「そんなに大変なら、着なきゃいいじゃない」そう思われるかもしれない。でもそう言う人には逆に聞きたい。「何か障害があったら、あなたは簡単に好きなことを諦めてしまうんでしょうか」と。プロのテニスプレイヤーのような実力がなかったら、テニスをしないんでしょうか。プロ棋士のように強くなかったら、将棋を指さないんでしょうか。人の目を引くような際立つ才能、人に誇示できるような何かがなかったら、趣味は成立しないんでしょうか。


 ブログも同じ。自信があるから自分の着物姿を公表してるんじゃない。少しでも進歩したら嬉しいから、自分の成長を綴っているのです。以前は外国語ブログをやっていましたが、それを辞めたのは、成長日記をつける必要がなくなったから。自信がついたから逆に、ブログをやめたのです。



 でも実際どうであろうが、「自分のきもの姿がさぞかしご自慢なのね」。そう思って嫌悪する人は必ずいる。もし似合っていれば「やっかみ」、似合っていなければ「嘲笑」。

 だからブログのコメント欄は閉じているのです。好意的なコメントの中に、たった1つでもそんなコメントが混ざっていたら、着たい気持ちがきっと萎えてしまうから。



 きものは楽しい。ほんとに楽しい。こんなに楽しい世界をどうして今まで放っておいたんだろう、と思うくらい楽しい。毎日毎日が新しい発見の連続です。


 でもときどき、今まで買った着物、全部はさみで切り裂いて、すべて終わりにしてしまおうか。そんな気持ちに駆られます。



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Author:うさぎ
50歳にして着物を着始めた、最初の一年間の日記です。 

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