きもので偲ぶ会

 昨年他界した父方の伯母を偲ぶ会に行ってきました。

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会場は上野の東天紅。上野公園の不忍池が一望できる部屋でした。
上野は父の兄弟が生まれ育った街。


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上野公園の桜は満開。よほど生前、伯母の行いがよかったんでしょうねえ。



 親族のみの、気のおけない会でした。お線香を上げたりはせず、献花と食事、それに亡き伯母のおいたちをスライドで従兄がコメントつきで紹介してくれ、みんなで見ました。

 伯母は大正14年生まれ。金太郎をしめた赤ん坊の頃から、中学バレー部のブルマ姿、戦争中モンペ姿の結婚式、戦後のきもの姿から、孫の七五三の和装姿まで、写真がたくさんありました。

 戦前の写真は洋装なのに、なぜか戦後はきもの姿が多い。従兄の話では、伯母は昭和40年代くらいまではほぼ毎日着物で、当時でも珍しかったそうです。夫の海外赴任についていったのをきっかけに、洋服に切り替えたそうで、そういえば、晩年の伯母は会えばいつも洋装でした。でも子どもの頃に見たきもの姿の伯母も、かすかに覚えています。

 

 さて、その伯母を偲ぶ会、わたしもきもので行きました。伯母の一周忌の案内が届いて以来、悩みに悩んだ末に決めました。

 きもので行くこと自体は、先月に決めました。2月に別の葬式で親族が集まった際、一周忌の服装の話になったときに「わたし、きもので行ってもいい?」とお伺いを立ててしまい、引っ込みが付かなくなった(笑)。

 どんなきもので行くかは、ギリギリまで悩みました。「平服で」との再三のお達しがあり、「では平服とはなんぞや?」と考えると、これが意外に難しい。



 最初は、「何を着ていったら、人にそしられないか、恥をかかないか」を考えるのに必死だったように思います。「TPOにはずれない」ことに必死だった。



 でも毎日考え続けているうちに、それは大きな間違いだと気付きました。自分が恥をかくのは構わないのです。自分がそしられる分には構わない。大事なのは、人に恥をかかせないこと。人をそしらないことだ、と気付きました。

 なぜきもの姿が歓迎されないか。―――それは格式を感じさせるからです。きものというだけで、洋服よりも格上だと感じさせるから。きものは「正しすぎる」から嫌われる。「これが正統」という無言の圧力を感じさせ、人を威圧するから嫌われるのです。

 他の皆もきものならともかく、他の人が洋装の場で、それでも自分は敢えてきものを着たいと思うなら、むしろ「正しいものを着ている」意識を脱ぎ捨て、「『好きだから』着ている」ことを明確に周囲に示さなくてはならない。まずは努めて「格」から遠ざからなくては。


 でもじゃあ普段着に逃げるか。

 ・・・それもどうかと思いました。これは亡き伯母が主催するパーティなのです。華やかなことが好きだった伯母のパーティに普段着で? それでは伯母が草葉の陰でがっかりしそう・・・。



 ならパーティらしく華やかに?

 ・・・うーん、吉祥柄とか、めでたい感じはどうかと・・・。でも「ちゃんとした感」は出したい・・・。




 ・・・とまあ、もうほんとにいろいろグチャグチャ悩んで考えましたが、

 1.正しさを背負って人を威圧するくらいなら、まだ間違えたほうがマシ。
 2.亡き伯母が喜ぶと思うものを選ぶ。

 この二点に絞って考えたら、割とすっきりして、結局以下のような格好で行きました。

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 きものは江戸小紋。・・・というか、「東京おしゃれ小紋」かな? 地色が一色ではないので。紫、からし色、黒の地色だけ見ていると異常に地味ですが、不思議なことに、遠くから見ると、淡いピンク色に見える(・・・と、この写真で気付いた)。


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 羽織は黒の絵羽織。地は綸子。黒を着ることで、少し改まった感じが出せたら、と思いました。但し、紋なし。蓮だか睡蓮だかのように見える花の刺繍が入っていて、不忍池にピッタリ!・・・と思いきや、葉は菊っぽい。謎の花です^^;。


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 紋なしとはいえ、黒羽織はフォーマルな印象を与えてしまうので、帯周りは平服らしくしました。帯と羽織が黒で揃うと喪服っぽすぎるので、帯は着物にあわせて紫に。自作の桜帯留めで、「フォーマルのつもり、全然ないです」というアピールのつもり





 ・・・こんな感じで果たしてよかったのかどうかは、分かりません。まあ感触としては、周囲の反応は上々、自分としても精一杯やったという充実感はありますが。

 「一周忌 着物」というワード検索でこの記事にたどりつく方もいらっしゃると思うので念のため書きますが、一般的には、これは決して、一周忌の服装として適切な装いではないです。きもの初心者が、「うちの親族の法事」限定で出した結論に過ぎません。



 でも、そもそもTPOってそういうものなのかもしれません。きもののルールだなんだいったって、最終的には、場所、時、その場その場の雰囲気や通例など、ありとあらゆることを考慮にいれて、個別に、そして自分で考えるしかない。

 たとえ何か不都合があっても、すべては自己責任。自分の尻は自分でぬぐわなくてはならず、誰かのせいにすることはできない。失敗するリスクを覚悟の上、感触を確かめながら、一歩一歩前進するしかない。

 最初は不安で、母にいちいち相談していましたが、それはズルい、と気付きました。自分の服装の責任を、母に負わせようとしている気がした。

 わたしのせいで母が恥をかくのが怖かったから、というのもありますが、「すべては自分で考えたこと」と堂々としていれば、自分は恥をかいても、母は恥をかかなくて済む、と逆に気付きました。




 まあ、今回はなんだかんだいっても、内輪の会。しかも20人くらいの参加者のうち、わたしは若いほうから4番目。多少ヘンでも、「相変わらず、やんちゃねえ」と呆れられ、笑って見逃してもらえるだろう、と踏んだからこそできた冒険でした。




 
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Author:うさぎ
50歳にして着物を着始めた、最初の一年間の日記です。 

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